彼女と僕の冬春夏秋冬

 毎日というものは僅かな変化をはらみながら、それでも淀みなく流れてゆく。正月を迎えた今日も僕はチクタクチクタクと変わらないリズムで呟いていた。二年前、ある寒い冬の日、僕は彼女に買われた。今は彼女の部屋で時間を教えている。着物を着た彼女はいつもと違う雰囲気だった。優しい手つきで僕のネジを回してから、彼女は出かけていった。僕は古い体で何度も時間を合わせてもらわなければいけない。こんな自分が悲しかった。
 春になると彼女は少し忙しそうになった。それまで本棚にあった教科書を段ボールに詰め込み、いつもは楽な服装の彼女が、おろしたてのスーツを着ていた。変なところがないか鏡の前で調べている彼女は、緊張しているようだったけれど、僕には少し嬉しそうにも見えた。その日から、家を出て帰ってくるのが少し遅くなった。たまに慣れないお酒を飲んでくるときもある。気分が悪そうに水を飲んだり、時には吐いてしまう彼女を見て、僕は何か気の利いた言葉をかけてやりたくなった。でも僕からは、チクタクチクタクとそんな音しか出てこなかった。それでも彼女の目は、充実感で輝いていた。
 やがて暑くなるにつれ、彼女にかかってくる電話や電子メールの回数が増えていった。二三度、彼女は部屋に友達を連れてきた。
 秋が来て、彼女はおしゃれをして出かけることが多くなった。そういうときはいつも幸せそうな顔をしている。二人分のお弁当を作った後にガスの元栓を確認するのだって、顔から笑みがこぼれていた。ある晩彼女は、初めて家に帰ってこなかった。翌日、彼女はベッドに寝ころび電話をしていた。受話器からは低い声が流れてきていた。
「このまま、時間が止まってくれればいいのに。」
 彼女は言った。チクタク……チク。だから僕はこのときだけは、針を止めた。彼女は電話でそれを楽しそうに報告していた。僕もなんだか暖かい気分になった。
 また冬が来た。彼女はコートを着込んで、厳しい顔で出かけていった。そして目を赤くして帰ってきた。その日から彼女の作るお弁当は一つだけになった。受話器からは、あの低い声は聞かれなくなった。彼女はそれから、写真や古いメールを見て、たまに泣いていた。そんなとき僕は、チクタクチクタクとずっと時を刻み続けた。決して止まらないように。こんな時間は早く過ぎ去ってしまうように。

ご連絡はm.ail@hotmail.co.jpまで。