落ち葉 第十三章

 清掃に復帰した朝は、もう警察も野次馬もおらず静かなものだった。いくつもの事件がめまぐるしい速度で駆け抜けてゆくこの現代、そうそう興味も持続するものではない。もちろん相変わらず、昼頃になればテレビカメラや雑誌の記者とおぼしき人間も入っては来るそうだが。そういった人たちと一般人とではやはり毛色が違う。しかもあんな事件の後に近づきたくない心理は理解できる。

 事のあらましはテレビのワイドショーで初めて知った。深夜、飲酒した未成年の少年がホームレスの段ボールに火を付けたという。大事には至らなかったらしく、数週間もすればやがて、もと居たホームレスたちも少しずつ帰ってきた。縄張りのようなものがあり、ここ以外の場所では暮らし辛かったそうだ。撤去された段ボールだけを新しくして、また見慣れた顔が並ぶようになった。

 そんな中、一人だけいつまで経っても戻ってこない人がいた。例の、同じ時間帯に掃除をしていたあの人だ。誰に尋ねてみても「さあ知らないな。病院送りになったわけでもないのに」と似たような答えが返ってくるだけだった。

 この公園は一人で掃除するには広すぎる。でも誰かにゴミ袋を手渡したり、そういうことも気にすることが無くなったので、個人としての効率は上がった。それでもいつかあの人が帰ってくるんじゃないかと、そう思って敢えて自分の掃除する領域を広げはしなかった。職務怠慢だと罵られるかも知れない。けれどそんなものは全く別の問題なのだった。

 それからしばらくして、僕は清掃員のアルバイトをやめた。私的な理由でこの街を離れなければならなくなったのだ。最後の見納めにとあの公園を散歩してみることにした。見慣れた風景と見慣れない風景。奥まった方へと進んでゆくと、一面に落ち葉の堆積している空間があった。赤や黄色、茶色の鮮やかなそれらを踏みつけながら、そこで、自分が今日になってはじめて彼との「境界線」をまたいだのだと気づいた。

 落ち葉は降り積もってゆく。今日もどこかでひっそりと。

<了>

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