「時刻表」「計算機」「マグカップ」

電車の車両を改造して作られた構内。切符を買い、壁に掛かった錆だらけの時計を眺める。
不意に私は、若かった頃を思い出した。
計算機のまだ無い、そろばんの時代だ。
当時は鉱山の労働者でまだ町が賑わっていた。
活気ある通りを歩けば常に人の声が聞こえていたし、
それに誘われ早朝には豆腐屋が、夕方にもなるとラーメンの屋台が良く来ていた。
ノイズだらけのメガフォンの声は今でも耳にこびりついている。
そしてそれを聞いて、もう一杯飲もうかと、若い鉱夫たちが肩を組み千鳥足で歩いていたものだ。
その頃、私は、この駅でマグカップを売っていた。
国内の名もないがらくたを、舶来品だ舶来品だと声を張り上げ声を張り上げ。

けれど今では、あたりを見渡せど人影の一つもない。
あの青春の記憶を共有する人間はただ世界にひとりぼっち、私だけしかいない。
どうせなら、あのときのコップは偽物だったと、方言に訛った声で誰かに問い詰めて欲しい。
いつかの新聞の記事によれば、あまりに人口が少なすぎて、あと二十年もすればこの村は自然消滅してしまうそうだ。
東京へ帰る列車がもうすぐ到着する。
時刻表にさとされて、私は故郷に背を向けた。

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