「書き込み」「プレビュー」「ローカルルール」

健一はその廃墟に足を踏み入れた。
地下を下りてゆくほど闇の密度は増し、靴底を通し感じている埃も厚くなってゆく。
映画なんかでは部屋の角に蜘蛛が巣を作っていたりするのだろうが、実際にはそのような生命の息吹など、微塵も感じない。
懐中電灯が、ある扉を照らした。健一は少し躊躇して、その部屋へと進入した。
なんだか他の部屋よりも壁が黒ずんでるな、と彼は思った。
しかしよく近づいてみてみると、どうやら細かく鉛筆で書かれた文字らしい。
日本語……だろうか。この二十三世紀、日本語を使っている日本人なんて、よっぽどの変わり者か国文学者くらいなものだろう。
もちろん健一もその例に漏れず読み書きはできない。日本語は、歴史の教科書の片隅にわずかな記述が載っているだけの存在だ。
彼は携帯端末のカメラ機能でその日本語を撮影する。画面に映った小さなプレビューを彼は確認した。

かすかに後ろで、空気が動いた。振り返り懐中電灯で照らす。埃が舞い上がり空気中を漂っている。
「この部屋にはいるなああぁぁぁぁぁぁあ!!!」
左からの不意な衝撃をうけ、健一は床へ倒れ込む。懐中電灯の光の中に、一人の大きな男のシルエットが浮かび上がった。
「近寄るな近寄るな近寄るな近寄るな!!」
男は健一のマウントポジションを取り、顔面腹部ところかまわず殴りつける。
「引きこもらせてくれよこっちに来るな出て行け出て行け」
健一はやめるよう、かすれた声で叫んだ。
「△ー,>○#ー●|*凵h}”!!!」
しかしその言葉は男にとって理解不能で、ついに健一を殴り殺してしまった。

男は血液に濡れた拳を服の裾でぬぐい、引きこもり生活を再開した。
ローカルルールだけが、男にとっての全てだ。

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