「虚偽」「廃墟」「泥濘」

誰もがその街を通り過ぎるだけだった。
人と物とが交差する地として一時は隆盛を誇った地上四百階の商社ビルも、
運送業者向きに進出してきた数えきれぬほどの飲食店も、
全て、吹きすさぶ火星の風に、今は廃墟のような面持ちを見せている。

「虚偽の申請は認められません。」
この街唯一といっていい就職先である、自動車の水素ステーションに履歴書を提出したが、それが偽造だってことをロボットに一発で見破られてしまった。
この不景気な時代、馬鹿正直に「三年間ひたすら就活の毎日でしたが、一社も通りませんでした。」なんて書いていたらどこも門前払いに決まっている。
かといって、五十年前ならまだしも、国民番号で全てを管理しているこの社会では、データを参照する機械があれば嘘はすぐに看破される。
チクショウ、と足下の小石を蹴る。重力は地球の三分の一なので、それは飛んでいきすぐに見えなくなった。
俺は母が地球出身なので、両親が火星生まれの奴らよりは、いくらか身体が丈夫にできていた。
もっとも歳をとるにつれそのアドヴァンテージは環境に順応し、次第に薄れて、今では就活に役立つものではないが。
ずぼり、と不意に足下が生暖かく柔らかい感触に包まれる。
左足が泥濘の中にはまっていた。
あはははは、と笑えてきた。
誰もが通り過ぎるこの街に、足を捕まえられてしまったから。

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