「シクラメン」「死語」「ペットボトル」

僕の投げたペットボトルはごみ箱の縁に当たり、地面に落ちた。やれやれとブランコから立ち上がりそれを拾いに行く。
今度こそきっちりダンクシュートを決め、僕は腕時計を見た。画面はその表面にデジタルの「20:08」という数字を映し出している。
きぃ……と背後からブランコの軋む音がし、僕は振り向いた。
「キミ、こんなところで何してるの?」そこには警察官がいた。年齢は、オニーサン、と呼ぶのがふさわしい程度か。
「いや、別に……」
「ははは、『別に……』なんて言葉、イマドキ流行んないよ。もう死語だよ。」よっ、と小さく踏ん張って、そのオニーサンは腰を上げた。そして質問を繰り返す。
「ねえ、こんなところで何してるの?」
これ以上はぐらかすのも不自然だと思った。変な嘘をついて家に連絡されても、母がまた怒るだろう。だから僕はなるべく神妙に見える表情を作り、本当のことを白状した。「ちょっと塾をサボってるだけです。」
「ちょっと?」
「いや、結構……。」三分の一は欠席してます、と補足しようとも思ったが、無駄なことはしない方が良い。
「なんでサボるのさ?」
「だって勉強なんて役に立ちませんよ。嫌いなんです。自分、家の印刷会社を継ぐんです。」
「本当に嫌いかい?」
「はい。」
僕が答えると、オニーサンは少しだけ笑った。「だったら逆に、勉強しちゃいけないと命令されたらどうかな? 塾に行くな、学校にも行くな、本屋で参考書には近づくな、なんて。」
そんな風に言われると……僕は少し考え込んだ。
「ほら、そんな顔をするってことは、本当はまんざら嫌いでもないんだろう、勉強は。」
そうしてその警察官は自転車にまたがり、去っていった。
空から雪が降り始めた。三月のシクラメンの花に、うっすらと重なってゆく。

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