「宇宙」「開拓地」「スパイス」

「あたし、他に好きな人ができちゃった。」
喫茶店でコーヒーを飲みながら、彼女は重々しく呟くように言った。
たしかに、宇宙航空学校に通っている彼女とスポーツも勉強も平凡以下な僕とでは、あまりに釣り合わないと思っていた。
三年前……付き合いだした中学生の頃だって、彼氏より彼女の方が優秀、とクラスメイトにからかわれたりしたものだ。
僕は何かを言いたいのに言葉を何もひねり出せずにいた。
「金魚みたいに口をぱくぱくさせないでよ。嘘よ。」
「なんで嘘なんてつくんだよ。子供じゃあるまいし。」
「つまらない日常に、ちょっとしたスパイスを加えてみただけ。」
彼女は少し満足げに笑ってから、今日はエイプリルフールだと教えてくれた。

そしてやがてウェイターが、僕の注文したサンドイッチと彼女のモカ・アイスクリームを持ってきた。
僕はパンの角の部分を一囓りして、彼女がアイスクリームをスプーンで切り出すのを見ていた。
すると彼女は思い出したように、「あたし、タイタンの開拓地へ行かなくちゃならないの。土星の衛星よ。」と事も無げに口にした。
僕は……それも嘘だろ? とかすれた声でしか言えなかった。
彼女は「嘘だよ。」と微笑んで、その日以来僕が姿を見ることはなくなった。

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