「野人」「炭火」「ろ過」

その男は、現代に生きる野人と言われていた。
国内至る所の無人島に移り住み、都会から離れること六年間。
あまりにも人目につかぬ暮らしをしているため、都内のマンションで炭火をたいて自殺したのでは、とのデマも流れた。
これまでにも雑誌やスポーツ新聞の記者が来たことはあったが、全て追い払っている。

しかし男は今日にして初めて、テレビ出演を了承した。
「飲み水はどうやって調達しているんですか?」
その質問に彼は、「この島は海を隔てた向こうを山脈に囲まれていて、降水量の少ないのが特徴なんだ。しかも水の沸いている場所もない。だから……」
やってみた方が早いか、と呟いてから撮影班を海岸に連れて行った。
そして海水を漂流物のバケツに汲むと、一抱えほどの大きさの箱に入れた。
次に、その箱についている、小さな蛇口のようなものの栓をひねる。
するとちょろちょろと水が流れ出て、撮影班の持ってきた小さめのビーカーには、しばらくするとなみなみと水が注がれた。
「これって、ちゃんと飲めるんですか?」アシスタント・ディレクターが冗談交じりに訊いた。
野人はそのビーカーを奪い取り中身を飲み干すことでそれに答えた。
「どういう仕組みで海水を飲み水に変えたんで?」
「なあに、今ではほとんどの人が知らない古い方法だが、三百年も前にはずいぶんと注目されたやり方なんだよ。海水濾過装置ってやつさ。」
「海水濾過装置……聞いたことがある! 二十一世紀の機械を使うなんて、なんて文明からかけ離れた人なんだ!」

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