落ち葉 第五章

 幸運なことに、ホームレスの生活を少しでも垣間見るのはこれが初めての機会だった。偏見、だろうか。初めのうちは僕の心の中にも彼らに対して「何をされるか分からない」という意識があったことは否定できない。彼らの姿は、僕には何か得体の知れないもののように見えた。そして彼らも、僕が近づくと、段ボールとビニールシートの住処の中から、やせた顔でじっとこちらを見つめているのだ。その目には警戒の色が見て取れた。

 ところがある日、僕が掃除をしていると一人のホームレスの男が近づいてきた。あの人、ではない。

「俺にその袋をくれよ。どうせ捨てるんだろう?」

 男のその声には、若干、こちらの機嫌を伺うような響きがあった。そして彼の視線は、空き缶を分別してあるゴミ袋に注がれていた。僕はすぐに彼の意図を理解した。空き缶を集めてリサイクル業者へ持っていこうとしているのだ。よくある話だ。たしか空き缶は、一キログラムで八十円ほどになると聞いたことがある。僕は袋の中の空き缶を目の端でちらりと数えた。七つほどだろう。これが一体、いくらになるのだろうか。男は小遣いが欲しいわけではない。生きるために必要なのだろうと思った。

 結局、僕はその男に空き缶の袋を渡した。確か、規則では拾ったゴミは必ず全て持って帰らなければならなかったはずだが。しかし男に面と向かってそれを言うことができなかった。面と向かって頼みを断ることは、男だけでなく自分にとっても気まずい。男は「ビニール袋はいらないよ。」と言っていたが、それも押しつけてしまった。善意ではない。面倒なことは抜きにして、なるべく早く男を視界から遠ざけたかった。辛かったのだ。苦しんでいる人がいて、しかしそれを助けるのを阻むようなルールの存在する現実が。結局僕は見たくないものから目をそらしてしまったのである。

 そういえばあの、壊れた箒で掃除している人は、空き缶を集めていたのかもしれない。あの男を助けた一方で僕はあの人を苦しめてしまったのだろうか。僕は顔を上げて周囲を見渡した。あの人の姿は見えず、僕は思わず安堵した。

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